紛争の内容
債務者は、自身の氏名の読み仮名や生年月日や職業を変えたりして、多数の業者から化粧品、健康食品などを通信販売で購入し、債権者は40社以上、負債総額500万円以上を抱えた個人の破産管財事件。

交渉・調停・訴訟などの経過
他の都道府県から埼玉県に転居してきたご夫婦は、ともに精神疾患を抱えており、通院治療中であって、速やかな就業も困難でありましたから、生活保護を受給して生活を維持しています。

多額の負債を負っているのは、妻の方であり、妻は肌荒れがひどかったことから、基礎化粧品のサンプル申し込みから、試供品の提供を受け、好ましい場合には、それを正式購入していました。

特定の化粧品の継続購入であれば、このように大きな負債を抱えることになることはなかったかもしれません。

しかし、多数の化粧品会社や健康食品製造販売会社などに、会員登録をし、無料のサンプル品の提供を受け、サンプル利用の結果が好ましい場合に、正式購入手続きを取ります。

破産者は、自宅療養中であってか、比較的自由な時間が多いためと、買い物依存的な傾向があったためか、多数の会社に無料サンプルの提供から、製品購入に至っていきました。

しかし、収入は世帯で受けている生活保護費と、障碍者手当のみですので、返済資金には限りがあります。

その返済原資をねん出するため、さらには、クレジットカードでのキャッシングもして、賄いました。

それらをほんの2~3年行うだけで、負債は500万円以上となりました。

そこで、債務者は、弁護士に相談し、法テラスの法律扶助を得て、破産申立てを行い、免責調査型の破産管財手続きとなりました。

さいたま地裁管内では、破産管財人への就任打診の際に、担当書記官から事案の概要、債権者数、負債額等が示されますが、本件打診を受けた際は、債務者は漢字の氏名の読み仮名を変じたり、名前を別の漢字に変えたりしての偽名を用いての、信用取引が多数あるので、管財人には免責調査をメインとしてもらいたいと指示を受けました。

破産手続開始決定がなされ、申立代理人の同席のもと、破産者と面談し、申立書及び別紙珍獣所などに記載されている事項の再確認や、破産法の規定する免責不許可事由に関する事実の補充の聞き取りをしました。

破産者には、現在の通院投薬治療を受けている疾患の治療以外にも、買い物依存症についての診察なども受けることが好ましいのではとアドバイスしました。

また、偽名や生年月日、職業を偽っての購入申し込みは、刑法上の詐欺剤に該当する犯罪行為であること、金輪際このような取引(購入などの申込)は行わないこと、取引先には謝罪すること、今後の生活再建に向けた取り組みなども含めての、自筆での謝罪文の作成を求めました。

また、生活保護費のみでの家計のやりくりができていることを示す毎月の家計簿の作成提出も指示しました。

ところで、裁判所より個人の債務者について破産手続開始決定がなされると、債権者には決定書の写しと債権者集会への入場券と共に、免責調査票が送付され、免責について意見のある債権者には、破産法に定める免責不許可事由のどれに該当するのか、そしてその具体的事実の指摘を求めます。

本破産手続において債権者は総勢60社を超えましたが、うち1社から免責についての意見が出、その事情を説明する資料が添えられていました。

これによると、同社に対する正式購入の1回目の発送がなされ、その支払い期限前に2回目の注文が入りましたが、初回注文の分割金の1回目の支払がなされる前に、追加の注文がなされたために、追加注文分については、1回目の注文品の分割支払金がなされた後に発送すると債務者に案内をしました。

すると、本債務者は、商品の発送先を自宅住所としましたが、偽名を用い、年齢・生年月日、職業を偽った会員登録をし、発注をしました。

販売会社は、この会員番号情報による取引経過をまとめ、とくに、本名で追加発注による発送がすぐになされないことが判明すると、偽名での会員登録、注文行為をとらえ、極めて悪質であるとの意見が添えられていました。

本破産者は、この会社に対する上記注文行為の3カ月ほど前には、多重債務の件で、弁護士に相談していましたので、本名での追加発注や、偽名での初回注文の際も、生活保護者であって、破産者そして、その世帯には、その支払い余力はほとんどないことを認識していました。

これらを踏まえて、管財人である私は、詐術による信用取引に当たると認定しました。

また、生活保護受給を受けた後、短時間働いた痕跡もありましたが、やはり、2~3年での500万円以上に上る夫妻は、破産者の経済力を超えた購入活動によるものと評価され、負債の増大の原因は浪費にあり、これも免責不許可事由に該当するものと認めました。

本事例の結末
債権者からの免責についての意見があったのは1社だけでした。しかし、本破産者には、詐術による信用取引と、浪費という、二つの免責不許可事由が認められました。

ところで、本破産者は、本件各詐術による取引、浪費を深く反省していることが認められました。

とくに、破産者は、本件破産手続をとる中で、破産者の病的な消費行動に真摯に向き合い、過去の取引において、本名では取引制限がかかり、さらに購入入手したいという衝動のために、偽名を用い、結果、支払額が多額に上り、支払いできないことを認識しつつも、各取引をしたことを改めて認識しました。

さらに、管財人や、申立代理人からの説明を受けて、自ら当該行為の違法性、堅実な消費行動に改めなければならないきことを自覚しました。そのため、各債権者に対する謝罪と、今後の堅実な生活実現する旨の誓約書を作成し、管財人に提出しました。また、その上で、家計簿をしっかりとつけ、堅実な家計が実現していることを示しています。

さらに、本破産者は、多額に上る債権額とその発生原因となった、浪費については、精神疾患の治療を受ける中で、買い物依存の治療として、診察、適宜な治療を受け、改善に努めることを意識していました。

これらを踏まえると、本破産者には、浪費による多額の負債であること、詐術による信用取引を複数行っていることなどに照らすと、免責不許可とするのが相当なのかもしれないと管財人としては考えました。

しかし、本破産者においては、詐術による信用取引は、刑法上の詐欺罪を構成する重大犯罪となるものであること、それを認識し、深く反省し、再発(再犯)防止に努めるべきことを指導し、それを堅実に守っていること、破産者夫婦は、ともに精神疾患を患い、生活保護受給世帯であるが、配偶者には負債がなく、配偶者の実家からの援助もあり、生活保護費による堅実な生活も実現できていること、破産者は、体調回復したら、幼児保育の現場に復帰したいと就労意欲もあることなどに照らし、今回限りは、経済的更生を図るべく、免責を許可するのが相当であると考え、本破産者に対しては、裁判所の裁量により、免責を許可するのが相当であるとの意見を述べました。

免責調査期日において、破産裁判所裁判官も、同様の意見を述べ、また、破産者に反省を促し、経済的更生への引き続きの努力を促していました。

本事例に学ぶこと
免責調査型の管財事件ですので、債権者の代表的な立場として管財人から、破産者の過去の取引行為を評価し、他方、事情のある破産者の経済的更生の機会との調和を心がけました。

多重債務に陥った事実を真摯に受け止め、その原因を究明し、その原因の除去の方法が判明するならば、誠実な債務者として、破産手続を受けることによって、経済的更生を図ることを目指すことができます。

多重債務に陥った原因は、債務者それぞれですが、本件のような事情がある場合に、弁護士に相談し、そこから経済的更生を図る方策として、自己破産の申立て、免責調査型の管財手続きによって、免責の許可を目指すことが可能な場合があります。

本債務者は、申立代理人弁護士に相談し、自己破産申立をなし、債権者からの免責についての意見も踏まえ、よく反省し、堅実な家計の実現もなしえ、早期の再出発が可能となりました。

弁護士 榎本 誉